協会概要
- 名 称 NPO エコ平板・防塵マスク支援協会
- 設 立 平成11年12月14日
- NPO認証 千葉県県生指令第58号
- 役 員 理事長:橋田 隆明(工学博士・一級建築士)
一般役員6名 会員15名
- 技術系役員経歴
- 理事長:橋田 隆明
1944年生。英国エディンバラ大学大学院博士課程修了。
工学博士、 一級建築士、APEC建築士、エコ平板の考案、開発。
- 理事:堀越 千里
1944年生。武蔵野美術大学造形学部、産業デザイン科卒業。
1988年 日本造園学会賞受賞(設計部門)
お台場海浜公園基本、実施設計等
- 理事:濱田 雅三
1950年生。1977年東京芸術大学美術学部絵画科卒業、油絵専攻。
1979年 同大学院美術学部壁画科修了。
1979〜1990年 同上研究室助手。非常勤講師。
1986年 栃木県自動車会館、大理石モザイク壁画等
- 理事:永田 康彦
1945年生。早稲田大学理工学部建築科大学院修士、一級建築士。
埼玉県立美術館、名古屋市立美術館等
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協会設立の目的と活動理念
- エコ平板の製作・普及を通じ、ダウン症・自閉症を含む、軽度の知的障害者が実社会で自活できるための支援を行うことを目的としています。
- 障害のある若者達が、早い段階からグループホーム等で生活するためには、障害者年金約5万円に加え、3万円程度の月収を彼ら自身の働きにより、安定的に獲得できなければなりません。これを実現するため、当協会は、官民の建設工事費の0.0数%をエコ平板の製作費、施工費に充当する施策の必要性を訴えてきました。
- エコ平板の製作により障害者1人が月収3万円を得るためには、1人当たり、その3.2倍の工事金額が必要です。すなわち36都道府県において各1カ所、30人ずつの障害者が1年間にわたり月額3万円を稼ぎだすためには、12億4,416万円(3万円×3.2×30人×36ヶ所×12ヶ月)の工事額が必要となります。
- エコ平板の製作は、従来障害者に割り当てられてきた、工賃が極端に低い単純労働とは異なり、健常者の同等製品と比べ、品質、価格ともに勝るとも劣らない、社会的評価の高い作業であり、障害者の能力開発、社会参加の手段としてふさわしいものです。
- 知的障害者施設では、通常3.5人に1名の指導員が割当てられていますが、職能を身につけ、一定レベルで自立できる障害者には8人に1名程度の割当で済み、作業所への補助金が30%から45%削減することも可能です。障害者をひとくくりに単なる「援助」の受け手としてとらえるのではなく、彼らの特性を生かした独自製品の販路を拡大することで、半永久的な社会資本となる公園や美しい街路を増やし、彼らの社会における役割を再認識する必要があるのではないでしょうか。
エコ平板製作における現在までの協会の取り組み

アフガニスタンカブール公園 戦災で足を失くした人のエコ平板
- 群馬県(社)赤城会「あかぎ育成園」平成18年7月より開始。
- 千葉県柏市、小規模作業所「皆来」
平成15年4月製作開始。精細で緻密な造形を実現。
- 富山県立新生園
平成14年6月より製作開始。福光町棟方志功美術館玄関、八尾町「風の盆歌」で作品を発表。
- 静岡県立静岡北養護学校
伊豆の青石を組み込んだイメージ作品。富士市森林墓苑等で作品を発表。
- 長野県上田養護学校
多くの支流を持つ千曲川川原にある色彩豊かな多種の石、及び地元の瓦を素材とした日本的なイメージの作品。
- 高知県立日高養護学校
平成16年4月製作開始。
- 山口市(社)ふしの学園
平成17年12月より製作開始。営業も自分達で
- 東京都中央区福祉センター
小型エコ平板の製作開始。平成19年1月
- 新潟県 湯沢町
(社)南魚沼福祉会旭原福祉サービス事業所。平成20年6月開始。

- アフガニスタン・カブール障害者省共同プロジェクト
戦災で足を失った障害者によるカーペット模様の作品制作。平成17年6月、最初の作品が施工される。
工事実績はこちら▲
防塵マスク支援活動
- 日本のお墓の墓石はその多くが、人件費が安く日本から近い中国福建省から輸入されています。中国の石材工場で働く労働者たちは、防塵マスクを着用せず作業することが多く、肺に粉塵が付着する「塵肺」にかかりやすいと言われています。防塵マスクは、1個3,500円程度ですが、中国では職人の給料の約1ヶ月分になるため着用が徹底されていません。「死後の日本の人のために中国の労働者たちの健康が損なわれては…」と当NPOでは平成11年より、現地の労働者たちに防塵マスクを贈る運動を始めました。
- 平成11年5月25日、50万円に達した募金で購入したマスクを福建省の石材工場の労働者へ贈りました。以後、毎年少しずつですがその活動を継続しています。